その日は、残暑の合間とは思えないほど、肌寒い日だった。
体育の授業で二人で柔軟をしている時、不意に琥珀の肩に上着が掛けられた。
驚いて振り返ると、凛が少し心配そうな顔をしていた。
「あんた、さっきから顔色が悪いぞ。身体が冷えてるんじゃないか？」
「そうでしょうか・・・・・・？」
鏡がないから自分がどんな顔をしているか分からなかった。ただ腕を擦ったり、肩を竦めたりはしていたと思う。
そんな琥珀の様子を見かねて、凛は自分が着ていたジャージを羽織らせてくれたのだ。
「それ、貸してやるよ。ないよりはマシだろ？」
「ですが・・・・・・」
それでは凛が寒いのではないか。
そう思ったが、凛があまりにも優しい顔をしていたので、琥珀は断ることができなかった。
おかげでその体育の授業中、ずっと凛の香りがすぐ傍でして、落ち着かなかったことをよく覚えている。
ハクチョウは洗濯の終わった衣類を畳みながら、そんなことを思い出していた。
CAGE支給の柔軟剤は数種類あり、今回はいつもと違うものを選んでみたのだ。その香りがあの時のジャージからしていた香りにとてもよく似ていた。
そんなに前のことではないのに、ハクチョウは懐かしさとその時の羞恥心を思い出していた。
あの時は凛の苗字が刺繍されたジャージだったので、クラスメイト達から無言の視線を何度も感じたのだ。
ハクチョウは自分の頬が紅潮していくのが分かった。
「まさか、こんな偶然があるなんて・・・・・・」
乾燥したてのタオルに顔を近づけてみる。
やはり、あの時のジャージと同じ匂いがする。
ハクチョウは軽くため息をついて逡巡した。
こんなに日常的に彼女の匂いを嗅いでいては、やはり落ち着かないし、なにより香りがするのに本人が傍にいたいというのが、少し寂しい気がする。
考えた抜いた挙句、ハクチョウは自身の大切なツガイの部屋を訪れた。
「先日新しくした柔軟剤の香りが合わなくて・・・・・・カラス、この香りが平気なら使いませんか？」
カラスは急にやってきたハクチョウに少し不思議そうな顔をしたが、
「柔軟剤か・・・・・・あたしは特に匂いが気にならないから、もらうよ」
と応えた。