・ファンタジーな世界で、聖職者のツバメくんが吸血鬼のモズと婚約するお話し
こちらは後編です
「紅月のBloody tea party 後奏」


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　ソファに座っているその手には、赤い液体が入ったパックを持ち手の周りも赤い液体が付着している。

　一瞬理解ができなかった。目を見開いたまま、青灰の瞳を動揺で揺らすツバメに対し、モズは驚いた素振りを見せたものの、平然とこちらを見つめていた。
　
　止まっていたツバメは肩を揺らすと、呪いから解き放たれたようにモズの元に駆け寄り手を握った。


「モズ……っ！　どこか怪我でもしたのかい？」

「…………」

「すぐに手当てしないと……、怪我をしているなら僕に見せほしい」

「ツバメくん」


　名前を呼ばれ、ハッとなる。モズがため息をつくと同時にハンカチを取り出し、口周りを拭った後に手を拭う。

　一つ一つの動作が優雅で、呆気に取られた。

　赤い液体が入ったパックのジップを閉めると、モズが握った手をそっと離し指を開いたり、手の甲をくるりとかえしたりする。

　よく見れば、口元も手も傷一つ見当たらなかった。


「……怪我なんてしてないけど？」

「そうか……よかった」


　ほっと胸をなでおろす。赤い液体を血と思い、脳が混乱していたようだ。

　モズに怪我がないならよかったと安心したものの、やはり鼻孔を刺激する鉄臭さに眉をひそめる。


「その赤いものは何かな？　……とても個性的な香りがするけれど」

「個性的……ねぇ。ツバメくん、気付かないの？」


　気付かないって……？　ツバメは不思議そうな表情を作る。モズはいつものモズだ。どこも変なところは無い、じゃああの液体はなんだろう？

　口元や手を汚していたならば、赤い液体を飲んでいたことになる。

　どうしてそんなものを飲んでいたのか疑問が生まれ、ツバメは口を開く。


「その赤い液体は……なに？」

「……血だよ。……私は吸血鬼なんだよ」


　ツバメは目を見開いたまま、止まってしまう。

　血？　吸血鬼……？　吸血鬼といえば人間以外の他種族でもとくに位の高い種族。日光に弱く、杭を打たれれば死んでしまう。血を栄養源とする。
　
　吸血鬼には理性を持った上位の者と、理性を持たない魔獣のような下位の凶暴な吸血鬼がいる。

　下位の吸血鬼は森をうろつき、人間を襲う者もいるので教会も警戒している存在だ。

　
　……モズがどちらの吸血鬼かは知らないけれど、それだけで避けたり嫌ったりなんてことはできない。


「……モズが吸血鬼なんて、驚いたよ。でも僕は君を嫌ったりなんてしない。むしろ……好きだよ」

「っ……！」


　初めてモズの表情が少し崩れたところを見た。
　かたわらに血液パックを置き、視線をそらした彼女の手を握る。

　ツバメはずっと｜跪《ひざまず》いた状態だった。

　立ち上がり、モズの隣に座る。顔を覗き込まとモズは固く口を結び、灰色の両眼は静かに揺れていた。
　

「……君はいいの？　吸血鬼と望まない結婚をするわけだけど」

「望むかどうかは、僕が決める。僕はキミの……モズの隣にいたい。キミの正体が何者だろうと、僕は受け入れるよ」


　優しい光を表すように柔らかく微笑み、モズの白い肌に口づけを落とす。

　ずっと目を反らしていたモズが、振り向いてツバメの顔を見つめる。


「……せいぜい後悔しなよ」

「！　後悔なんて、絶対しない」


　肩を寄せて、体を密着させる。

　モズが帰り道の買い物に付き合ってくれた時のように腰に腕を回し、繋がれた右手はしっかりと結ばれていた。

　
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　モズが吸血鬼だと知ってから一ヶ月が経った。
　季節は秋から冬へと移り変わり、動物たちは冬眠を始める。

　人間以外の他種族も、寒さには鈍くなり活動が減るだろう。

　まだ雪が降っていない夜の公園で、ツバメはモズの手を指を絡めながら繋ぎ歩いていた。


「今日は美しい満月だね、赤くはないけれど」
　
「まぁ……気持ちいいよ」


　今日はかなり機嫌がいいみたいだ。吸血鬼は月光浴を好むと聞いたが、誘って正解だ。

　夜の公園は少し不気味だが、街灯はちゃんと照らされている。魔獣が出ても対応できるだろう。


「ツバメくんはロマンチックなデートが好きなんだねぇ……？」

「デート？　たしかにデートだね、ふふっ。楽しいな」


　表情がほころぶ。今日は本当に美しい満月で、濃い黄色で丸く夜空に浮かんでいる。

　きらめく星々がはっきりと見え、雲も少ない。

　モズも夜空を見上げては、まんざらでもない様子で小さく微笑んでいた。ツバメはその笑顔に釘付けになり、高鳴る鼓動を抑えながら口を開く


「モズ……僕は君と――」


　────!!　夜の静寂を切り裂く、何かの唸り声と人の悲鳴。

　耳に入った時、ツバメは弾かれるように顔を上げた。もしかしたら魔獣が人を襲っているのかもしれない。

　ツバメとは対照的に、モズは落ち着いた雰囲気を崩さずツバメの方に振り向く。


「……行くつもり？」

「もちろんだ……っ。あんな鳴き声、普通の動物のそれではないよ」

「へぇ……？　王子様は使命感に燃えているのかな」


　モズの皮肉げな態度に、構わず手を離そうとしたら逆に強く握られた。

　驚いてモズの顔を見つめる。焦りながらもツバメは離してほしいと述べようとしたが、開きかけた唇を人差し指で止められた。


「……私も行くに決まってるじゃないか」

「！　本当かい……？」

「いちおう“婚約者”、だからねぇ……」


　思いがけない言葉に、ツバメは笑みを浮かべる。二人一緒なら怖いものなんて無い。

　手を繋いだまま、ツバメは走り出した。


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　キィンッ!!　ガリィッ!!

　殺意に満ちた瞳をした魔獣の牙が、モズの剣を噛みはさみ離さない。

　モズが魔獣の相手をしている間に、ツバメは腰が抜けて座り込んでいた女性を安全な場所まで逃がす。　

　女性が大通りの道に入ったことを確認し、急いで森へ向かう。かなり手強そうな魔獣だ、モズ一人だけでは危ないかもしれない。

　武器を片手に全力で森を駆ける。段々と魔獣の｜咆哮《ほうこう》と、激しい戦闘音が耳まで届いた。


「モズ！」

「ツバメくんッ、危ないッ!!」

　
　緊迫がこもったモズの声、同時に目の前に魔獣が迫っていた。

　ツバメは武器を構え、魔獣の肩を切り裂く。
だが魔獣が怯んだのは一瞬で、勢いのままツバメに飛びかかった。　

　　
「――ツバメくんッ!!」


　強く肩を押される。左横に転んだと同時に、耳障りな水音が辺りに響いた。

　転んだ衝撃で背中から体に鈍い痛みが広がりながらも、固くつむったまぶたを開ける。

　……モズの右肩と胸に、魔獣の牙が深く突き刺さっていた。地面に血がしたたる中、魔獣はモズの体を噛んだまま離さない。


　顔をしかめたモズが左手に握っていた剣で魔獣の胸を貫く。

　けたたましい咆哮と共に、徐々に魔獣の声が弱まり地に伏した。月光に照らされるのは傷を負いながらも、武器を手放す白い吐息を繰り返すモズ。

　ツバメは倒れかけた彼女を必死に受け止めた。


「しっかりしてくれ、モズ……！」

「っ…………、ふっ……君にしては、なかなか……いい太刀筋じゃない……？」

　
　心臓がうるさい。ツバメは必死に血があふれる傷を、ハンカチと脱いだ｜外套《がいとう》で圧迫する。

　しかし、どれだけ強く押しても血は止まらない。いつの間にか視界がにじみ、瞳からこぼれ頬を伝う涙は月の光で反射した。

　もっと早く戻っていれば、あの時僕がトドメを刺していれば……！


「……つ、ばめくん」

「っ！　何だい、モズ？」


　ぱくぱくと口を動かすモズの、口元に耳を寄せる。倒れたモズの左目はぱっくりと切れ、血が流れている。

　頬や服に血が付くのも構わず、ツバメは耳を傾け続けた。


「私……は、このままじゃ長く……ない」

「そんなこと言わないでくれ！　僕は……まだモズと生きて行きたいんだ……っ」

「だ……からさ」

　
　強く肩を引き寄せられる。モズが少しばかり上体を起こし、囁いてきた。

　……すべてを聞き終えたツバメは、驚いた表情をしながらも涙を流しながら笑顔を作る。


「うん……それでモズが生きられるなら。僕は……何でもするよ」

「い……い、わけ……？」

「うん……！　二回も僕を救ってくれた。――僕の命を、キミに捧げる」


　モズが呆れたような顔をする。だが、どこか柔らかい雰囲気が感じ取れた。

　カソックの詰襟を緩めるために、ボタンを外す。さらされた首筋の肌に、凍てつく空気が針のように刺してきた。

　肌寒さにぶるりと体が震えながらも、ゆっくりと首筋を……モズの口に近づける。

　モズの尖った八重歯が、刹那に首筋に立てられた。


　――君の血をちょうだい。血を飲めばこんな傷はすぐにふさがるから。

　――僕の血？

　――そう……。その替わり、ツバメくんの血を吸い尽くすから君は死ぬ。……私と同じ存在になる。


　先ほど交わした会話が脳裏によぎる中、ツバメはモズの体にしがみつく。首筋にはじんわりとした不思議な温もりと、微弱な痛みが広がっていた。

　舌が肌に当たり、吸われているんだとあらためて身に刻んだ。


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「モズ、とても美味しいよ！」


　片手に血液パックを持ち、半分ほど飲むと飲み口から口を離した。

　ツバメの口周りは、まるで牛乳を一気飲みして白ひげができたような、赤ひげができていた。


「はぁ……。最初はすごい顔して飲んでたのに、もうなれちゃったわけ？」

「だって、とても美味しくて鮮度も高いんだ！　美味しい血をありがとう、モズ」


　ツバメは吸血鬼になった。魔獣の事件の後、ツバメは丸三日眠り、目覚めたらモズの部屋のベッドで眠っていた。

　モズが負った傷は跡形もなく消えていたが、ツバメの八重歯は吸血鬼と同じく伸ばすことができた。

　そして吸血鬼は日光に弱いと聞いたが、ツバメは日光を浴びても平気だ。

　「上位の、貴族の吸血鬼は日光も杭も利かない」と、モズは語ってくれた。確かにモズは昼間でも誘えばデートに付き合ってくれた。


「……で、君も吸血鬼になったけど違和感とか無いの？　体の調子とか……」

「ぜんぜん無いよ。むしろ前より健康的になったのかもしれない！」

「……それは血を飲んだからだよ」
　
「あっ、痛っ」


　ソファの隣に座っていたモズに、額を親指で弾かれるいわゆるデコピンを食らった。結構痛いが、ツバメはにこにことしている。

　モズも飲んでいた血液パックは、直接病院から買い付けた物らしく市場にも普通に売っているらしい。なんなら血液専門の店まであるみたいだ。

　吸血鬼になって、最初は体調不良が続いていたがモズの血を飲んでいる内に段々となれた。

　さすがに血液パックの血は濃くて顔をしかめたが、それも抵抗感の少ない銘柄をモズが買ってくれたから以前よりも美味しく感じられるようになった。


「……本当に辞めてよかったの？　君はみんなを守る高潔な王子様だから、吸血鬼になっても教会は辞めないと思っていたよ」

「うん……僕も色々と考えたけれど、教会は人間だけにしか勤められないからね。残念だけれど、吸血鬼になったことを後悔していない」

「真面目だねぇ。人間のフリをして続ければいいのに」

「ふふっ、それは無理だよ。もっと魔獣から人を助けたかったけれど、それは君の隣にいてもできるしこれからは側でモズを支えることもできる」


　にっこりと微笑を広げ、ツバメはモズの手を握る。

　また、呆れたような表情をしてため息をついたモズが弱く握り返してきた。


「モズ、僕はキミと……」　


　言いかけた言葉は、唇が重なったことで封じ込められる。さっきまでパンプキンマフィンを食べていたせいか、口いっぱいにパンプキンの風味が広がる。

　モズの背中に自然と手を回した。……やがて、どちらともなく唇を離した時にモズがつぶやいた。


「私達の間に……言葉なんて必要？」

「！　……そうだね、言葉なんていらないか」


　ツバメはモズの左目に掛けられた黒い眼帯を外すと、軽くキスをした。

　このまま永遠に二人の時間が続けばいいと、思った。


「ん……、生まれたての吸血鬼くんには色々教えてあげないと。ねぇ……？」

「あははっ……お手柔らかに頼むよ」


　大部分が欠けた満月が、窓から見える。

　窓際に飾っていた赤いバラは花びらが月明かりにより透き通り、床に赤バラの影が伸びていた。

　Fin.



　あとがき
文字数の関係で、本編に追加できなかったシーンや説明を補足します。
世界観　
中世ファンタジー　人間以外にも他の種族が存在する（吸血鬼や狼人間など）
婚約した経緯
　貴族の吸血鬼モズは、両親から良家と結婚しろと言われていた。幼い頃は両親の言葉に従っていた。しかし、一家の主になったモズは何でもし放題じゃないかと気づき、両親を隠居させ結婚コールも無視。
　それでも結婚するなら、前々から見初めていたツバメくんと婚約した。
　吸血鬼は教会に入ってもまったく問題ないので、吸血鬼の中でも有力者であるモズは、教会の司祭と仕事の関係で話し合いをしている最中に偶然見かけたツバメくんのことが気になって外堀りから埋めた。
　
　結婚指輪は渡し済み（本編描写無し）
吸血鬼貴族のモズ
　原作と少し違う、両親に反抗的でツバメくんに積極的なモズ。皮肉なところや退廃的なところ、好んで魔獣を倒すところは一緒。
　世界線が違うので、アリかなとこんなモズができあがりました。コマドリちゃんの件も無い世界線なので。少しキャラ崩壊したのでは？　と思いましたが許してくださいな
　m(_ _)m
　ツバメくんとなら、と外堀を埋めて自分の立場を使って婚約した。関係性が破綻しそうならそれはそれで婚約破棄する考えもあった。
聖職者のツバメくん
　最初こそ「こんなに突然婚約することになるなんて！」と、思って少しぷりぷりしていたツバメくん。でも、数週間の間にモズとの触れ合いを通じて積極的なモズのことが好きになった。
　
　同じ街にお母さんと妹ちゃんが暮らしている。ツバメくん自身は実家から独り立ちして、教会近くの貸家に住んでいた。今はモズの屋敷に住んでいる。
　
コマドリちゃんに関して
　この世界線では、モズがコマドリちゃんを……というのは無い世界線。
　この世界線でのコマドリちゃんはツバメくんと同じ聖職者で、ただいま他の街に長期出張中。