・ファンタジーな世界で、聖職者のツバメが吸血鬼のモズと婚約するお話し
「紅月のBloody tea party 前奏」


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　――今日は雲隠れの無い、満月がよく映える日だった。

　辺りに一陣の風が吹き、濃い鉄の匂いが鼻腔を刺激したと同時に、頬や純白の司祭服に飛散した赤いものが、べったりと付着する。

　……魔獣の荒々しい爪が迫っていたはずだった。


「……君がツバメくん？　へぇ……綺麗な顔してるじゃない」

「あ……っ」


　魔獣の爪は金髪に短い髪をした、純白の司祭服に身を包んだツバメには届かなかった。

　目の前には、銀髪の三つ編みを揺らしながら月の光に白く美しい顔を照らされた黒衣の少女が、細身の剣で魔獣の胸を貫いていたから。
　
　驚いた表情のまま固まるツバメは、座り込んだまま動けない。片手には得物である長柄の斧を持っていたものの、突然現れた魔獣には対応できなかった。


「ありがとう……キミは、誰だい？」

「……私はモズ。よろしくね、ツバメくん」


　剣を引き抜き、倒れた魔獣には見向きもせずにモズと名乗った彼女が膝を落として手を差し伸べてきた。

　モズの灰色の瞳がこちらを見つめ、不思議な雰囲気に吸い込まれる。気づいたらなんの警戒も起きず、その手を掴み握っていた。


「助けてくれて、ありがとう。キミがいなかったら、僕は魔獣に殺されていたよ。ところで、どうして僕の名を知っているんだい？」

「あぁ……それは、――私が君の婚約者になったからさ」


　婚約者、という言葉と共にモズに抱き寄せられる。後頭部の刈り上げ部分をそっと指先で触れられると、驚くまもなく唇が重なった。

　思わず息をのんだツバメは、ぱちくり瞼を何度も｜瞬《またた》かせる。

　柔らかい彼女の……モズの唇が、自分の唇と濃密に重なっている事実に気付いたのは、唇が離される直前のことだった。


「え……っ」

「初々しいねぇ」

「あっ」


　モズと唇を交わした。ツバメは耳まで赤くなり、思わず顔をそらしてしまう。

　その様子をふっ、と鼻で笑っているモズの怪しげな微笑もあり頭の中ではさらに混乱を極めた。


「……何をするんだ」

「言ったでしょ？　婚約者だって」


　ツバメは、この魔獣がはびこる森の入口に建つ教会の聖職者として働き街の人々を魔獣から守ってきた。

　最近になり、ツバメの活躍を知った誰かが家族に婚約話を入れたところまでは知っていたが、婚約者になる相手まで決まったとは知らなかった。

　家のためならば、婚約話を真剣に聞くが勝手に決められてはいい気分ではなく、ツバメはモズを見つめた。


「婚約の話は聞いていたけれど……、僕達は会ったこともないじゃないか」

「私はツバメくんを気に入った」

「……僕はキミを知らない」

「そう？　じゃあ、お試し期間で付き合おう
よ。私のことが気に入らなければ、別れるなりなんなりすればいい」


　やけに自信があるような言動。彼女の身なりから、おそらく貴族だと推測できる。

　ツバメはモズの提案に、しばらく顎に手を当てながら考えた後静かに頷いた。


「わかった。モズ、キミの婚約を受けるよ」

「いい選択だよ……ツバメくん」


　木の葉の陰越しに、月の光が降りそそぐ。

　不思議な彼女との出会いは、血のような色をした満月の日だった。


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「あっ、モズ！」


　あの紅い満月の邂逅から、数週間が経った。

　教会近くの貸家に住んでいたツバメは、婚約者になったモズとデートを重ねた末に彼女から自分の屋敷に住まないかと提案された。
　
　やはりモズは貴族で、彼女も何度も来る婚約話に飽き飽きしていたところで見合いの書類に載っていたツバメに目をつけて、直接会いに来たらしい。

　彼女の人となりを知り中々難儀な性格だが、いつの間にかモズと共に過ごしたいと思っていた。


「今日も迎えに来てくれたのかい？　ありがとう、モズ」

「……君の帰りが少し遅かったからねぇ」

「待たせてしまったかな？」


　モズが首を横に振る。

　ここ数日はよく迎えに来てくれている。
今日も教会を出たらモズの姿が見えたので、どこか心で沸き立つような感情が溢れた。

　もしかしたら、最近魔獣の出現が多くなっているから気を利かせて迎えに来てくれているのかもしれない。

　そう思うとツバメはくすりと微笑んだ。


「なに？」

「何でもないよ、ふふっ」

「ほら、帰るよ」


　ぶっきらぼうに差し出された、モズの白く美しい手。ツバメは迷いなくその手を取り、共にあるき出した。

　屋敷に帰る途中で、ハロウィンが近いことからパンプキンマフィンとマロンクッキーを作ろうと材料を購入しようと店に寄る。

　材料が切れていたのと、出来立てをモズに食べさせたかった。

　
　レジに向かう前にモズが「私が払おうか？」と言ってくれたのが嬉しかったけれど、ツバメは首を横に振り自分で材料を購入した。

　店の外に出れば、活気づいた市場にさすがは王国の首都であることを改めて認識する。

　人混みが苦手そうなモズの手を引き、なるべく人通りが少ない道を通って屋敷への帰路につく。


「ずいぶん買い込んだねぇ……？」

「うん、キミに美味しいお菓子を食べさせたくて！　わっ」

　
　片手に持っていた紙袋をひょい、とモズに取られると空いていた左手で腰に腕を回される。

　少し軽くなった両手と共に、耳元に囁かれた。


「――ツバメくんが転ぶ前に持ってあげる」

「あっ、うん。ありがとう……」


　腰に回された腕がぎゅっ、と締まるのを感じる。確かにこの小道は砂利や石ころが多い。

　油断していたら転んでしまいそうだ。それはそれとして、腰を支えられたまま歩くツバメの頬はほんのりと桃色が差す。

　そっけないような表情をしているモズは、常に気だるげそうだが言葉では言い表せない彼女の優しさを心で感じたツバメはそっと身を寄せた。


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　空が赤色を落とし、紺色へと姿を変えた頃。

　夕食の前にクッキーが焼き上がったので、ツバメはミトンをはめて片手には厚手のタオルを持ち鉄板を取り出した。

　少しクッキーを冷ましてから、アイシングなどの飾りをしようと鼻歌を歌いながらミトンを外す。
　
　この屋敷はそんなに広くはなく、使用人もいない。
　
　内装は普通の一般家庭の家みたいだが、外見はレンガ作りの屋敷で、不思議とツタや雑草に囲まれておらず手入れが行き届いているためより｜厳か《おごそ》で近寄りがたい雰囲気を出している。

　　
（使用人はいないけれど、モズが一人で管理しているのかな？）


　クッキーが傷まないように瓶に詰め、ふと疑問が脳裏に走る。休日以外のツバメが教会で働いている日中、モズは何をして過ごしているんだろうか。

　共に過ごし始めて数週間は経つも、モズが貴族だという以外どんな仕事をしているのか知らない。

　お皿にクッキーを並べ、紅茶が入ったポットとカップが乗ったトレーを片手にツバメはリビングへ向かった。

　
「モズ、キミは昼間は何をして過ごしているんだい？」

「ん……？　……管理している場所の書類仕事だよ。それが終わったらヴァイオリンか読書をしているけど？」

「そうなんだね」


　リビングのソファに腰掛け、読書をしていたモズの隣に座りテーブルにトレーを置いた。

　マロンクッキーを作ったんだ、と彼女のカップに紅茶を注いでいると本を閉じたモズがツバメの手元を見つめてくる。

　ポットが置かれる音と共に、ツバメはソーサーとカップを彼女に渡した。静かに紅茶を味わう時間が流れ、皿からクッキーを取り口に入れる。

　軽い音が響くと共に、マロンの味がゆっくりと舌に広がる。隠し味のハチミツがいいアクセントになっているが、モズは気に入ってくれただろうか。　


「……また作ってよ」

「！　うん、わかった」


　一口かじられたクッキーを片手に、モズがつぶやいた。とても嬉しい、ツバメは満面の笑みを浮かべた。

　モズが一枚のクッキーを食べ終え、紅茶を飲むとまたクッキーを一枚皿から取る。それを口にくわえると、ツバメの方に振り向いてきた。


「んっ、食べてよ」

「えっ？」


　怪しげに口角を上げているモズ。婚約者になってから彼女はよくこんな風に、ツバメをからかって楽しんでいた。

　意図に気づいた時、青灰の瞳を揺らし心臓が早鐘をうつ。クッキーをくわえたモズの整った目鼻立ちが、眩しく見えてきた。

　ツバメは照れながらも顔を近づけ……、モズの唇が触れるギリギリでクッキーの端をかじる。


「どう？」

「お、美味しいね。…………」

　
　ポリポリッ……、咀嚼音が響く。ずっとモズがニヤニヤと満足げな顔をしていたので、わずかな仕返しに肩へ頬をすり付けた。

　モズが耳元へ「照れてるの？」と、からかうような声音でつぶやきを落とし込んでくる。


「っ、モズは本当にからかうのが好きなんだね」

「ツバメくんがのほほんとしているのが悪いんだ」　


　鼻で軽く笑われたが、モズの表情はどこか柔らかいように見えた。

　ツバメは恥ずかしさで顔を赤くさせ、クッキーを食べ続ける。


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「お疲れ様でした！」


　水色の空に雲が穏やかに流れる、午後。
ツバメは珍しく早上がりになり、教会から出る前に同僚と挨拶を交わした。

　今日はハロウィン。

　ハロウィン当日になると先祖の霊に混じって現世にやってきた悪霊に狙われないため、店は営業時間を短縮し夕方に終わり教会は夜通し明かりを灯し続けるという風習が今日まで伝わっている。
　
　
　夜になれば仮装をした人達が、トリックオアトリートと唱えてあちこちを回るだろう。

　ツバメもできれば夜まで教会に居たかったが、せっかくのハロウィンなんだからと午後からの
休暇を与えられたので、モズと過ごすことにした。


（帰ったら美味しい料理を食べさせたいな。あっ、その前にパンプキンとスイートポテトのマフィンを作ってあげたい！）


　鼻歌まじりにテンションが高くなるツバメは、作ったお菓子を食べるモズの反応が楽しみで仕方がない。

　足取りが軽く、途中寄った花屋でとても美しい赤バラを見つけたのでモズにプレゼントしたくなった。たくさん買うのも迷惑になると思い、一輪だけ購入した。

　足早に歩いたので気がつけばすでに屋敷は目前に。　

　鍵を取り出し、扉を開けると靴を脱いで着替えるために自室へ向かった。そういえば、モズの姿が無い。自室にいるのか、執務室にいるのか……。


　純白の司祭服と黒いカソックを脱ぎ、ワイシャツとベストを着た。ツバメは部屋を出てモズの自室の扉をノックする。

　コンコンコンッ、……しかし反応は無い。

　いつもなら「入れば？」「入っていいよ」「なに？」と返事がくるはずなのに。不安に思い、ドアノブを軽くひねると扉は施錠されておらずそのまま入ることができた。


「モズ……どうしたんだい？　――っ!?」


　　……目の前に広がっていたのは、カーテンを閉め切った薄暗い部屋で口元をみずみずしい赤で染めたモズだった。

　to be continued.




