​Xで「#毎月8日は運命のツガイの日」という素敵タグを発見して、飛び入りしちゃう。
香りの記憶 | マルメロ #pixiv 
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=23162449
↓にテキストでもペタリしておきますね。
香りの記憶
　ふと、かすめる甘い香り。ふわふわと何かをくすぐるような、そわそわするような、遠い昔を思い出すような香り。
　今日は普段よりも比較的落ち着いた任務で、フラミンゴとフクロウ、ハクチョウと一緒に旧市街地の巡回任務だ。討伐と違い、すでにある程度の落ち着きを取り戻した地区で、再び魔獣の侵入や異変が起きていないかを確認していく予定になっている。
　S.K.YのCAGE襲撃、海氷の魔女、深淵の魔女の討伐の連戦、一時期の高負荷に比べると幾分余裕が出てきているが、いつ何が起こるかわからない日々。できることをできるうちに、ミヤマやカッコウが分析した結果を司令部で検討して、できうる次善策を打っていくということらしい。
　まだ、復興の着手はされていないが、次の候補地に挙げられている旧市街地。建物は破壊され、ところどころに積みあがったがれきが散見される。
　あたしとハクチョウ、フラミンゴとフクロウでペアとなって、パトロールをすることにした。落ち合うのは中間地点。そこで報告と確認をすることにした。
「じゃあ、頼んだぞ」
「うん、まっかせてー」
「はい、がんばります」
「では、私たちも行きましょうか」
「そうだな」
　二手に分かれて進み始める。ハクチョウと並んで周囲を警戒しつつ足を運ぶ。
　今日の巡回範囲はさほど大きくはなかった。特に問題がなければ歩いて3時間程度だろう。半分の地点でフクロウと合流して、状況確認してさらに半分の巡回だ。4，5時間を見込んでいれば十分。ただし集中力を切らせないように注意は怠れない。
「今のところ異常はありませんね」
「そうだな、でも油断はできない」
「はい」
　そう言葉を交わして二人して黙々と足を進めていく。
　時々、魔獣などが潜んでいそうな廃ビル付近までチェックをしたり、足元の悪さを回避するために大回りをしたり。時々休憩をはさみながら、周囲の様子を見ていく。
　いつもは魔獣討伐の比率が高く、こんな風に周りをじっくり見ながら歩みを進めることはめったにない。よくよく見てみると、交差点や標識など、そのままの姿をとどめて昔の面影を残しているところがあるかと思えば、何があったのか皆目見当もつかないような破壊のされ方をしている場所もあった。
「この辺りは、比較的にきれいに残っているものがありますね」
ハクチョウがなんとはなしに呟いた言葉を引き取るように、あたりを見回す。
「珍しいな、街路樹も少し残っているみたいだ」
少しばかり周りを見回しながら、歩く速度を緩めると、緩やかな風にのってかすかな甘い香りがただよって来た。
　
「ん？」
　廃墟にただよう香りにしては違和感を覚えるけれど、どこか懐かしさも感じる。立ち止まり香りの出どころを探そうと周りを見回すと、ハクチョウが不思議な顔をしている。
「何かありましたか？」
「いや、ちょっと」
　ぴゅっと先ほどより強い風が吹き、再びはっきりとあの香りがかすめていく。あっと思う間もなく、目の奥がちかちかするようで、それでいて何か大事なことが頭の奥底でうごめいているような。
「カラス？　大丈夫ですか。もしかして体調がすぐれませんか」
　欠けた記憶を思い出そうとしたときに感じる痛みにかすかに似たそのうずきに思わずうめき声を上げてしまった。
「カラス？！」
　あたしに駆け寄るハクチョウを安心させたくて、深く息を吸い込み、ゆっくりと肺の中に何も残らないように、痛みのかけらをすべて吐き出すような気持ちで呼吸を整えていく。なんだか思い出せないもどかしさは残ったままだが、まずはハクチョウに心配をかけないようにと。
　そんな中、3度目の風が吹いた。
「この香り」
　そう思わず呟いた言葉がハクチョウに聞こえたようで。
「え？」
「この香り、どこかで」
　ハクチョウはその言葉を追いかけるように、少し集中するように目を閉じて。
「これは金木犀の香りのようですね。この辺りにまだ残っているものがあるのでしょうか」
「金木犀？」
　その名前を口に出した時に強烈な映像の波が頭の中で紙芝居のように繰り広げられる。これは、そうだ、金木犀が咲く季節だった。とても大事で忘れるはずのない思い出なのに。
　カラスが呆然として立っているのを不安に感じているハクチョウの表情が見える。心配ないと伝えなくては。
　今しがた思い出した大切な記憶。ハクチョウはそれを覚えているだろうか。
「ハクチョウ、大丈夫だよ。すまない、不安にさせたな」
「本当に大丈夫ですか」
　あたしの腕をぎゅっと握って心配そうに尋ねてくる。
　自分にとっても驚いた一瞬ではあった、今までの記憶のかけらを追いかける苦しさとはまた違ったもので、思い出した記憶は、温かくそして優しいものだったのが何よりも救いだ。
「あぁ、大丈夫だ。ちょっとな、また思い出したことがあるんだ」
「思い出したこと？」
「そうだ、この前とても大事なことを思い出したけど、まだあたしの記憶は完全じゃないだろ。もしかしたらこんな風にちょっとずつ大切なことを思い出すのかもしれないな」
「カラス」
「ほら、そんな顔すんな」
　そういってあたしは琥珀の目を除きこむようにしてじっと見つめる。あまりにじっと見つめるから落ち着かなくなってきたのだろうか。少し琥珀の頬に朱が差してきたように思えた。
「すごく大事なことを思い出したんだ」
　そういって、あたしは思い出した時の記憶と同じように、琥珀にキスをした。
　カラスが急に立ち止まって、様子がおかしいと思っていたらうめき声が聞こえてきます。これは、悪夢にうなされて目覚めたとき、欠けた記憶が思い出せないと苦しそうにしているのと同じように思えて、あわてて彼女の方に近づきます。
　心配させまいとしていますが、その様子はカラスが目覚めた後、急に倒れたときの様子と似ているように思えて。大きく息を吸って、痛みが過ぎ去るのを耐えているように見えます。
　今回は巡回任務です。もし、体調がすぐれないようだったら無理してまで完了させる任務でもないため、もし、あまりにつらいようであれば、フラミンゴさんとフクロウさんに連絡をいれて、先に引き上げることも考えなければ。
　そんなことをも考えながら、カラスのそばに寄り添っていると、彼女がぽつりとつぶやきました。
「この香りは」
　なんでしょう、香り？　
「この香り、どこかで」
　どこか何かをつかむようにこぼれ出た言葉を耳にして、私も目を閉じて集中をしてみます。確かに、ほのかに甘い香りが風に乗ってただよって。これは金木犀でしょうか。この辺りは比較的きれいに街並みが残っているので街路樹で生き残ったものがあるのかもしれません。
　金木犀の香りでは、とカラスに伝えると、突然、カラスが固まったように視線をどこか遠くにしたまま動かなくなりました。何か遠くのものをじっと見ているような。
　私は焦りと不安を感じながら、カラスの腕をとってこちらに引き戻そうと声を掛けます。私の声が届いたのか、ゆっくりとそれでもこちらに顔をむけてくれて、徐々にその焦点があってきたようで思わず息をほうっと吐き出します。
「ハクチョウ、大丈夫だよ。すまない、不安にさせたな」
　困った顔をして謝ってくる彼女に涙が出そうになって、彼女がどこかに行かないようにと腕を握った手に思わずぎゅっと力が入ってしまいましたが、彼女は私を安心させるように言葉を続けてくれました。
「あぁ、大丈夫だ。ちょっとな、また思い出したことがあるんだ」
　思い出したこと？カラスは、あの地下の出来事、深淵の魔女との戦いの中で、忘れ去っていたあの記憶を取り戻しました。それでも、すべてを思い出したわけではないことは彼女の口ぶりからわかっていました。
　それが、思い出した？
「とても大事なことを思い出したけど、まだあたしの記憶は完全じゃないだろ。もしかしたらこんな風にちょっとずつ大切なことを思い出すのかもしれないな」
　そういう彼女の言葉に安どして、よほどひどい顔をしていたのでしょうか。
　「ほら、そんな顔すんな」
　彼女は苦笑いをしながら私のことをじっと見つめてきます。自分はここにいる、そう言ってくれているようで。ただあまりにこちらを見つめてくるので、だんだん居心地が悪くなってくるのですが、目をそらすことができませんでした。
「すごく大事なことを思い出したんだ」
　この廃墟の中には似つかわしくないようなあまりに柔らかで、優しい表情を向けてくれ、そっと私にキスしてくれました。
　そう、あの香り。高校の時のあの出来事。
　私と凛は学校から最寄りの駅まで一緒に歩いて帰るのが日課でした。そこまでの距離もなく一緒に居られる時間は長くはなかったのですが、それでも毎日たわいのない話を、時には凛の痣の心配を、いろんな思いを抱いて毎日を過ごしていました。
　そんな秋のある日、私たちは少しばかり時間に余裕があったので、いつもと違う寄り道をして少しでも一緒にいれるようにと、おしゃべりをしながら帰り道を楽しんでいました。足を運ぶ途中で、あまくて柔らかな香りが漂ってきます。
　香りのもとを二人で探すと、小さな公園の植え込みの中に金木犀が混じっているようでした。オレンジ色の小さな花が愛らしく咲いています。
「こういうのもいいな」
　凛がぽつりとつぶやきます。彼女の毎日の生活は大変厳しいもので、季節の移ろいなど目に入れる余裕もないに違いありません。ほんの少しでも心穏やかな時間が続けばと、凛と一緒に木陰のベンチに座ります。
　公園内は子供たちもおらず、しんと静まりかえっています。
「琥珀」
　いつもよりも少しばかり小さなささやくような声で呼ばれ、凛の方を向くと、真剣な、それでいて、何かあふれそうなそんな表情で。
「いい？」
　そういわれて、私は小さくうなずき目を閉じました。
　私と凛の初めてのキス。この香りが凛の思い出を呼び起こしてくれたのでしょうか。任務中だというのに私は、思わず涙がこぼれそうになりました。そっと唇が離れて、カラスも照れくさそうにしています。
　すると、ものすごい音で端末のアラートがなり始めます。二人で覗きこむと、フラミンゴさんとフクロウさんの応援要請です。すぐに気持ちを切り替えて二人で顔を見合わせうなずき、すぐさま目的の座標を確認します。
「行こう、ハクチョウ」
　差し出してくれた手をとって、私たちは日常の生活に戻るのでした。