カラスとハクチョウがトリになる前って普通の高校生だったのだろうから、ちょっとした日常を妄想するなど。
ストーリーを全部よんでないから、凛と琥珀が同級生なのか、先輩後輩なのかもわからないまま書くけど許してね。
カラスもとい凛が思春期全開でかわいくなってしまった。
不揃いのアイス
　教室を出ようとしたところでピコンとメッセージの着信音が響きました。 こんな時間にメッセージが来るなんてほぼないことで、家で何かあったのだろうかと嫌な考えが頭をよぎります。端末を確認すると、ピアノレッスンの急なお休み連絡。どうやら先生のお子さんが急病ということでした。 大事でなればよいのですが。
それと同時に嫌な考えが杞憂でよかったとほっとしました。
「琥珀、どうしたの」
　廊下の方から声をかけてきたのは、唐沢凛。
 
「ピアノのレッスンがお休みになった連絡でした」 
「ふーん」
「ちょっと待っていてくださいね」
　私が最後だったので、教室のドアを閉めて教壇に置きっぱなしになっている当番日誌を職員室に届けて戻ると、凛は手持無沙汰なのだろうスマホをいじりながら待っていてくれました。
「お待たせしました」
「今日さ」
「はい」
「このあと少し時間とれるってこと？」 
「えぇ、大丈夫ですよ、レッスンがなくなったので。凛の方こそバイトはいいのですか？」
 「今日はいつもより少しシフトの時間が遅いんだよね」
 「そうなのですね、お付き合いしますよ」
　こんなふうに、凛と一緒に過ごせる時間が取れることが素直に嬉しくて自然と笑顔になっていたのではと思います。
　琥珀とは特にお互いに用事もなければ毎日駅まで一緒に向かうくらいしか一緒に過ごせる時間はなかった。主にあたしの都合なんだけど。
　本当にたまにあたしのバイトが休みになってしまったときと、琥珀の予定がなかったときは音楽室へ行って、琥珀が演奏するピアノを聴くのがお気に入りだった。
　今日はゆっくりピアノをというほど時間は取れないけど、ピアノのレッスンが休みと聞き、せっかく時間があるなら彼女と一緒に過ごしたいと考えていた。 出会った当初じゃ考えられないこの気持ちにあたしは名前を付けられず、最近はなんとはなくずっと胸に詰まった感じの居心地の悪さを感じている。
　外に出ると夏の陽射しは容赦がなくて、公園の木陰ならば少しはましだろうか。 
　二人して日陰を歩くけれど、じんわりと汗がにじんでくる。 琥珀のほうを見ると、彼女も首元にうっすら汗を浮かべているのがみえて、普段の涼やかな彼女とは違う、珍しい姿になんだから不思議な気持になってしまう。余計なことばかり考えてしまう頭をリセットしようと、強引に話題を琥珀に振った。
「暑いな、コンビニでアイスでも買うか」 
「ふふ、いいですね。アイスを食べながら公園で涼みましょうか」
　彼女もさほどあたしが時間をとれないことをわかってくれているみたいで。 二人してコンビニのアイスケースを眺め、 まるまる１つもいらない気がしたので、半分にシェアできそうなものがないか探してみる。
「琥珀はどれにするか決めた？」
 「いえ、色々あるのですね。迷ってしまいます」 
「そっか、良かったらこれ半分こしないか」
　そういって見せたのは、子供のころ妹と分け合って食べていた何の変哲もないフツーのアイス。
「ソーダ味ですか？」 
「うん、でも、飲み物のソーダってことではなくて、多分さわやかな感じのって意味だと思う」 
「では、それがいいです」
　なんだか嬉しそうにしているから、こちらも心が弾んでくる。 琥珀はいいところのお嬢様って感じだから、学校帰りの買い食いとか、もしかしたら経験したことがないのかもと思った。
　あたしはレジで精算を済ませ、そのまま外に向かう。
「あの、お代は」
「あぁ、いいよ、今回、誘ったのはあたしだし、そこまですごい金額じゃないし」 
「でも」
「気にしなくてもいいよ」
「そうですか」
　そういわれても明らかに気になっているのだろう。何となく琥珀の視線の動かし方でそんなこともわかるようになってきた。
「そうだな、じゃあ次の時は琥珀がおごってくれよ」
　そう言うと嬉しそうに、はいと素直に返事をしてくれた。あたしはパッケージを破ってコンビニのゴミ箱に捨てると、出てきたアイスに興味津々な感じで琥珀がこっちを見ていることに気づいた。
「ここで半分に割るんだよ」
「割れるのですか」
「うん、やってみる？」
「いいのですか」
　なんだか、子供みたいにやってみたいと目を輝かせている琥珀が可愛らしくて思えて任せてみた。
「はい、こうやれば半分に割れるはずだから」
「は、はい」
　すると真剣な表情でえいやっとアイスを割るとパキッといい音がしたが、頭のほうだけもう片方に持っていかれて、きれいに半分にはならなかった。
「あー、そう、ちょっと力加減とか間違えると、寄っちゃうんだよ」
　琥珀はちょっと困った顔をしている。
「そっち食べな」
　そういって、小さいほうを取ろうとすると
「え、でも、凛がごちそうしてくれたので大きいほうを」
　やっぱり遠慮があるんだろうか。
「じゃあ、これでいいだろ」
　そういって琥珀の持っているアイスの半分から少しはみ出している部分にがぶりと噛みついてもらうことにした。
「これで半分こだろ」
「えっと」
　琥珀は目を丸くして驚いている。
　その表情をみて、しまったと思った。もしかしたら、こんな行儀の悪いこと、彼女はしたことがないかもしれない。 よく考えたら他人の食べかけだもんな。
「ごめん、いやだったか」
「えっ、ち、違います」
　琥珀から驚きは消えていったようだけれど。心なしかほっぺが紅潮しているようにも見える。なんだかそわそわというか、えっとこれは。
「あの、私、あまりこうして同級生と帰り路に何か買って一緒に食べたり、まわし飲みとかそういうことをしたことがなくて、えっと、ちょっと恥ずかしかっただけです」
　まさかの答えに驚いていたけど、琥珀は耳まで赤くして。
　あたしは何を言ったほうがいいのか言葉がでてこなくて。
「えっと、そうか。じゃあ、もしかしてあたしが初めて？」
　絞り出した言葉に自分で驚く。いや、ちがう、こんなこと聞かなくていいだろ。
「はい」
　伏せていた顔を上げてくれたけれど、真っ赤になっている彼女の表情になんだかいけない気持ちになってくる。よくよく冷静になると、すでに飛び出してしまった言葉も、なんか誤解されそうな表現のような気もしてきた。素直に「はい」とて答えてくれたことにすら照れを感じ始めてしまって。
　そんなに気するなという言えばよかっただけなのに。
　そう思いつつも、あたしは琥珀がそんな風に心を許してくれる友人になれたってことなのかな、とちょっとした誇らしさも湧き上がってきた。
　しかし、このなんとも言えない空気をどうしたものかと思っていたが、暑さが冷静さを取り戻してくれた。
　琥珀の手にある溶け始めているアイスが目に入ったからだ。
「あのさ、溶けちゃうから、早く食べたほうが」
「あっ」
　琥珀の指にアイスが溶けて流れていく。 彼女は今までの恥ずかしさよりも、アイスが溶けてしまうことにあわてて一口しゃりっと口にすると。
「冷たくておいしいです、凛」
　とてもうれしそうな表情を見せてくれるから、少しほっとした。
　と、冷静さを取り戻したのもつかの間。
　琥珀が指に流れ溶けたアイスを舌でなめとる姿が視界に入ってしまい、耳の奥でどくんと大きな音がひびいて、頭の中がカッとするような、自分でもどういっていいのかわからない衝動が走る。
　琥珀はこちらのことなど気にも留めず、ちょっとお行儀が悪かったですねと少し幼めな笑顔を向けてくれた。
「そ、そんなことないだろ。とにかく溶ける前に食べちゃおう」
　あたしはそう言うのが精いっぱいで。
　このあと、琥珀の指を見るとその映像が再生されて、しばらくは琥珀に不審がられるくらい挙動不審の日々を過ごす羽目になった。